推理小説

推理小説

推理小説が好きです。少なくとも好きなはず、くらいのことは言えるかと思うのですが、しかし私の読書傾向にはかなりの偏りがありまして、推理小説はこの傾向が顕著。全然ベストセラーも読まないし、むしろ時代を逆行している感があって(それはすべてにおいてそうかもしれませんけれども)人様にはとても言えません。うっかり「推理小説好きだよ」とか言ってしまうと東野圭吾さんの新刊の話とかふられてしまいます。私、東野圭吾さんはガリレオシリーズを三冊くらいと、「あとなんか二冊くらいしか読んだことないです。

じゃあ一体何を読んでいるのか、というとなんとアガサ・クリスティーです。今更の。まぁ、抑えなければならない作家ではありますけれど、今更アガサ・クリスティーの全作品を読破しようかという勢い。全作品は嘘ですかね。でも他の推理小説作家よりはかなり作品を読んでると思います。読んでいるとは思うんですが、いざ人に「クリスティーって何がおすすめ?」と聞かれると、ベタな有名作品をあげてしまうんですよね。「アクロイド殺し」「オリエント急行殺人事件」「ABC殺人事件」「ナイルに死す」…。なんかポワロばっかりですね。マープルって何が有名だったかな。有名ですけど「そして誰もいなくなった」はあんまり好きじゃないんですよね。でも先にあげた作品以外でおすすめ、と言われたら「ひらいたトランプ」と「七つの時計」です。

「ひらいたトランプ」はポワロ物です。いつだったか、ABC殺人事件の時かな、ポワロが好みだと言ったそのものの殺人事件です。探偵もポワロですよ。

金持ちで変わり者のシャイタナという男が奇妙な晩餐会を開きます。お客は八人。四人は探偵(ポワロです)、警察、諜報局員、推理小説作家という広い意味での「探偵」たち。もう四人は立場も年齢もばらばらの人たちです。この晩餐会でホストのシャイタナが殺されました。さて、誰が殺したのか。ポワロは「探偵」以外の四人のうちの誰かが、過去の殺人の罪で逮捕されるかもしれないと恐れてシャイタナを殺したのだと思います。シャイタナは「つかまらなかった殺人犯たち」を見せてあげると彼に言っていたからです。

「七つの時計」はどちらかといえば笑えるという意味で好きな作品ですね。読書と言えば秋ですが、しかし夏にしてもいいではありませんか。ぜひご一読を。おすすめです。

ヒューマンリソシア

友達の数はどこから数える?

あるニュースを読んでいてふと思いました。

「友達の数ってどこから数えるんだろう?」ということを。

私は「友達が少ない」と公言しています。

私が友達として数えられるのは、片手で足りてしまう人数です。

少ないと捉えるか、十分多いと捉えるかは人それぞれです。

私は自虐的に「友達が少ない」と言うのですが、内心は片手でも友達は多いと思っています。

だって、友達ってあれもこれも話せる人のことでしょう?

自分の病気のことや家族のディープな話まで、心を許せないと話せないことですもの。

でも、これは世の中では親友と言われる部類なんですよね?

私からすると親友って何って感じですけど(笑)。

親友なんて体のいい言葉であって、友達というのは本来上辺だけで付き合うものではないと思っています。

ブログ上で“友達”と表現する人はいますが、私の中では“知り合い”という分類になっています。

私には友達か知り合いしかいません。

たまに知り合いと表現することがありますが、たった一度しかお目に掛かったことがない場合や、友達の友達を知り合いと表現するようにしています。

面倒でしょう?友達の友達という表現は。

しかし、世の中には友達が100人いるという人もいます。

100人って…。

自分を1とした時、1:100で全く同じ対応の仕方が出来ますか?

それは全てをさらけ出せる相手だと思いますか?

そう考えた時、友達とは言えないのではないかと思ってしまいます。

アドレス帳に登録している人数=友達の数ではないし、SNSで繋がっている人数=友達の数ではないと思います。

大辞林によれば、友達は親しい交際相手ということだそうですから、私の捉え方は間違ってはいないのかなと思っています。

裏を返せば、自分が本当に苦しかったり辛かったりした時に、損得考えずに手を差し伸べてくれる人のことを友達だと言うのかなと思います。

精神的にまいってしまった時に、命の心配をしてくれた人が数人います。

程良い距離を取って接してくれた人たちです。

私自身はどんな人にも同じように接していたつもりだったのですが、その温度差があることを初めて知り、どの人が友達と言えるのか見極めが出来ました。

『いちねんせいになったら』という歌の歌詞に「ともだち100人できるかな」というものがあります。

あれは希望という意味で捉えればいいかもしれません。

でも、実際は100人と真剣に付き合うことは並大抵のものではないのです。

100人よりも、1人の友達を作る事の方が大変なのではないでしょうか。